なぜ「裁量が限られている立場の人」ほど責任を強調してしまうのか
責任について考えるとき、
人によって受け取り方が大きく違うことに気づきます。
特に、裁量が限られている立場の人ほど「責任」という言葉に敏感になる場面は、 多くの職場で見られる光景ではないでしょうか。
責任は本来「裁量」とセットで成立する
組織論の基本として、責任は単独で存在するものではありません。
- 責任(Responsibility)
- 権限(Authority)
- 裁量(Discretion)
この3つは、本来セットで設計されるべきものです。
ところが現実の職場では、
- 判断する権限は少ない
- 選択肢も限られている
- それでも結果に対する責任は問われる
という立場の人が少なくありません。

裁量が限られている立場の人が責任を強調する理由
① 自己防衛としての責任意識
裁量が限られている立場では、失敗の影響を直接受けやすくなります。
- 評価が下がる
- 叱責される
- 次のチャンスを失う
そのため、
「それは自分の判断ではありません」
「誰の責任なのかを明確にしたい」
と、責任の所在を先に確認しようとします。
これは消極的だからではなく、リスクを最小化しようとする合理的な行動です。
② 自分で決められない構造への適応
裁量が限られている立場では、意思決定を自分で行うことができません。
その結果、
- 判断基準は「ルール」になる
- 正当性は「責任の所在」に求められる
ようになります。
「決まりとしてどうなっていますか?」
「正式な責任者は誰ですか?」
こうした発言は、責任感が強いというよりも、 自分で決められない環境への適応と言えます。
③ 責任を理由にしたリスク回避
リスクが高い業務や、成果が評価されにくい仕事に対して、
「その責任は負えません」
と距離を取る行動も見られます。
これは怠慢ではなく、 リスクとリターンが釣り合っていないときの自然な判断です。
裁量が大きい立場の人はなぜ責任を口にしないのか
① すでに責任を引き受けている
裁量が大きい立場の人は、 最終的な結果が自分に返ってくることを理解しています。
そのため、あらためて「責任」を強調する必要がありません。
② 関心は責任よりも判断と前進
裁量がある立場では、
- どう判断するか
- どう前に進めるか
- 失敗したらどう立て直すか
が重要になります。
責任の所在を議論するより、 意思決定の質とスピードが優先されるのです。
責任が強調される職場の本当の問題
責任が過剰に語られる職場は、
個人の性格ではなく構造に歪みがあります。
責任だけが重く、
裁量や判断の余地が十分に与えられ


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